「できるけど、あえて、やらない」ことそのものが最も人の誠実性なんじゃないか?

人のために幸せを祈ることや、

人のために何かをすることは、

本当に「人のため」になっているのか?

支配、自己満足、過保護、依存リスク、これらからみると、行動が確実に人に与える影響を無視することはできない。

むしろ、俺はこう思う。

人を傷つけたいと思ったとしても、行動で制限できる。

人が悲しむから、自分を傷つけない。

悪意を想定できても、自分はしない。

その選択の中にある「できるけど、あえて、やらないこと」そのものが最も誠実に俺には見えるよ。

ちなみに俺がそう思ったきっかけは、とあるクローン映画を冒頭5分で観て考えさせられたからだ。

クローンの題材自体が、真っ先に倫理のことだと分かったよ。

科学者の暴走が人を止められない悲劇を描く形になりそうだと、見た瞬間にわかった。

ハッピーエンドに向かない題材として、クローンって元々誰かの身代わりになって命を使われるという怖い使い道ができる。

命を終わらせないことが尊厳ではなくなる、本人の自由意志とクローンはまた違うというテーマがどうしても入ってくる。

人間が生命を作った上で正解としづらい背景がある。

つまり、倫理とは、できるからやるのではなく、いかにやらないかの選択の積み重ねなんだと俺は思った。